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普通の会社員だったはずが持病のせいでレールを外れた人生を送ってるけどそれはそれで楽しいブログ

ノンネイティブによる関西弁解説-別に怖い言語でもキツい言語でもない


関西電気保安協会『ある日突然関西人になってしまった男の物語』が完結 全12話を1本にまとめた総集編が公開

 

奈良出身の夫と結婚したが、我が家にたこ焼き器は無い。ちなみにパンダは全国ニュースで報道されないだけで、和歌山の動物園にたくさんいる。

 

関西出身でもないのに、暮らしているうちに、ある日突然「なんでやねん」が自分の口から出てくる。それが関西。

 

私は、自分の言語の優位性に無自覚な人間が嫌いです。自戒を込めての発言ですが。


2011年、初めて就職のために関西に引っ越してきた時に、大阪出身の同期が言いました。

「標準語?東京弁の間違いやろぉ」

細かいことを言えば、彼の発言は間違っています。標準語は確かに東京地方で話されていた言葉をベースに作られましたが、現代において「東京弁」や「東京方言」と言う時は、「山の手言葉」(ごきげんよう、ざ(あ)ます、あそばす、など)や「江戸言葉」(下町言葉ともいう。べらんめえ調など)を指します。いずれも標準語とは異なるものです。

そんなことは別として、関西人が関西弁を日本中どこでも話し、場合によっては海外ですら話し続けるのは、「関西人としての誇りやアイデンティティが強いから」がメインの理由ではありません。

「関西弁がお笑いなどを通じてテレビでよく放送され、全国の人がそれを理解してくれるのを(意識せずとも)わかっているから」、です。

私は新潟の出身です。新潟市はそれほど方言が強くないというのもありますが、私が東京含め他の地方に行った時に新潟弁を話さないのは、「話しても理解してもらえないから」です。これは新潟に限った話ではありません。他の地方出身者も、地元の方言を他地方の人の前で話さないのは、話しても通じないからです。

これは台湾に行っても思います。台湾、特に台北では日本語が通じる場所が多いです。ホテルやお土産屋さん、レストラン…正直中国語が話せなくたって、台北なら日本語だけでほぼ観光できます。しかし、相手が日本語を理解してくれるからといって、タメ口で店員さんなどに偉そうな口をきいているオッサンを見ると、私はぶちのめしたくなるのです。「日本の恥だ、日本に帰れ」と。

私はいわゆるエセ関西弁を話します。関西出身ではないくせに、関西弁を話します。私自身はノンネイティブ関西弁と呼んでいます。えっ、だって頑張って英語を勉強して話せるようになったところでさ、ネイティブから「君の英語はエセ英語だね」と言われたら嫌じゃない?

 

2011年に新卒で兵庫県に配属されてから会社を辞めるまでの8年間、私は関西の女性先輩社員2名に仕事を教えられました。他の課の関西出身の女性たちにも、落ち込んでいるところをよく励ましてもらいました。出身はそれぞれ、京都、滋賀、大阪、兵庫。ひとくちに関西と言っても、言葉も文化も色々ありますが、比較的ごった煮の中で育ったと言えるでしょう。

それなりの長い年月のうちに、彼女たちの―いわゆる関西のおばちゃんの―思考回路が、言葉とともにインストールされました。しんどい時は「それ以上無理したらあかんて」「そんなのやめとき」、ヤバい時は「どうにかなるで。絶対大丈夫やで」、人に言われたことに傷ついている時は「そんなの気にしとかんとき」など。

 

関西弁でのコミュニケーションにおいては、人と人の距離が標準語よりも近い気がしています。おじちゃんもおばちゃんもやたらと飴(アメちゃんと呼ばれる)をくれます。
「関西人って思っていることを遠慮なくズバズバ言いそうで怖い」という他地方の人もいますが、正直それは人によりけりです。相手の気持ちを考えて言葉を丁寧に選ぶ人もいるし、おっしゃる通り無神経にズバズバ言ってくるクソもいますが、それより某かつての都の人が「表向きは上品で、本音を言わないけど裏で腹黒いことを考えている」(一部ですよ多分!)方が怖いです。

いまや私は、「なんでやねん」を習得する前に自分がどのような言葉を使ってツッコミを入れていたのか、思い出せません。…と言ったら、「お忘れでしょうが、新潟にツッコむという文化はないですよ」と新潟出身関西経験者の方にご指摘をいただきました。やべー。ボケたらボケっぱなしだ。誰も拾ってくれない(泣)

誰かがボケたらつっこむ、誰かのギャグが滑ってもシーンと静まり返るのではなくそれを拾って笑いへと変える。相手を無視したり、スルーするのではなくいちいち反応を返すのはある種の優しさです。たぶん。

私に関西弁をインストールしたおばちゃんは、「なんでやねん」をツッコミや、理不尽に対する怒りの言葉としてのみ使用していたわけではありませんでした。職場で先輩が使っていた「なんでやねん」は、「全くもうなんでこんなことになるんだよ、でもしょうがないな、起こった以上対処するしかないな」というところまで含まれていました。ある種諦念と慈愛が含まれていました。ちなみに「しょうがないな」は「しゃーないな」です。

私は時折、SNSでノンネイティブ関西弁を書きます。それはもはや関西の思考回路が言語と離れがたく結びついていて、関西弁でしか表現できない思いがあるからです。しかし、それもまた、「関西弁で書いても他の人は理解してくれる」という認識があるからこそ。傲慢になりすぎないよう、気を付けたいと思います。