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普通の会社員だったはずが持病のせいでレールを外れた人生を送ってるけどそれはそれで楽しいブログ

テキーラ村上著『痩せない豚は幻想を捨てろ』

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テキーラ村上さんの、『痩せない豚は幻想を捨てろ』(書籍版)は結構良かったです。

タイトルのインパクトがありすぎ。

 

同名のブログで、だいたい同じ内容は読めますが、書籍の方が綺麗にまとまっている感じですね。あと文章の質がバリバリに上がってます。

https://www.bodymake-final.com/


文章がキレッキレだし、割とわかりやすくてそこまで極端なことも言ってない(ブログの方が極端)。とにかくダイエットのハードルを下げることを意識してるように思えた。

全体的にブログよりも文章まとまってるし「テキ村節」が最大限に発揮されているし、丁寧に丁寧に書かれたんだと思う。書くのに7ヵ月かかったと書いてあった。

なんというか、相変わらず暴言は吐いてるけど(ジョークとして)、基本的にすごく優しい。人の弱さに寄り添うっていう感じ。


読んだ甲斐はありました。Kindle Unlimitedに加入していればタダで読めるので、加入されている方も、そうでない方も、どうぞ。心からオススメいたします。

 

2020年上半期まとめ&下半期抱負

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2020年上半期は、自分という土壌にこれまで自分が植えてきた、というか、他の人が植えてきてくれた種が、一斉にぽぽぽぽぽ!と芽吹いた時期でした。

 

1月は妊活に向けた断薬のため死んでいましたが、2月9日にリングフィット、3月16日にフィットボクシングを買ったことで病状が安定し、あんなに増え続けていた体重も減り、外出も前ほどは苦ではなくなりました。

弓道をやっていたおかげで腕の筋トレはキツいけど辛くないし、合唱部時代散々腹のトレーニングをしてきたからか、腹の筋トレもキツいけど辛くありません。マッスルメモリー!一番辛いのは下半身です。大腿四頭筋…内転筋を鍛えるのは結構好きなんですけどね。

 

体調が安定してきたということで、在宅でできる仕事を探しました。たまたま、英文記事ライティングで私を気に入ってくださる方がいて、その方を主にクライアントとしてライティングの仕事をしています。

英日・日英翻訳はちょこちょこやっています。きちんとプロとして認めてもらおうと、翻訳会社のトライアル(※プロとして登録してもらえるかの試験)の結果待ちです。

意外にも、翻訳学校に半年通ったことが役に立ちました。当時は「こんなの受けてどうするんだ、何の役にも立たないのでは」と思っていましたが、めっちゃ役に立ったよありがとう。

 

英文ライティングの内容としては、日本(語)の紹介を通じて日本文化などを紹介するみたいな記事です。

日本を紹介する際、ベースとなるのは高校や大学で培った知識。という訳で実家からかっぱらってきました。漢字辞典は2種類持って帰ろうと思ったら怒られた。

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上手く写ってないですが九鬼修造の『「いき」の構造』も持ってきました。
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なんと新渡戸稲造の武士道は原著が英語、日本語版はそれの訳。痺れますね。

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いい加減読み直さないといけないForest(最近の高校生はまた別のものを使っているらしい)と、大昔「医療翻訳とかやってみたいなぁ〜」と思っていた頃に買った本。(※読んでない)
なんだこれ。「論文らしい長い文の作り方」とかあって最of高じゃん。グッジョブ昔の私。節とか構文とかバッチリカバー👌
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この辺りは私が大学進学したあたりから既に実家から持ち出しているものです。懐かしいと思った人は同世代。

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辞書系。ロングマン英英辞典は確か翻訳学校に通っていた頃に勧められて買ったものだったのですが、なんとこれはイギリス英語対応で、アメリカ英語はまた別のバージョンが出ているのだった(絶句)

英語コロケーション辞典も、翻訳学校で勧められて買ったもの。

国語辞典は最新のものを買いました。日本語はどんどん変わっていくからね。
The Chicago Manual of Styleはスタイルブックとして有名とのことで買いましたが難しくて読めるかな…って感じ。

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仏教の基礎知識…?として面白かったのはこれ
超オタク(※仏教オタクという意味ではなくニコ厨的な意味で)文法で書かれているので、それに慣れる方が普通の人は大変かもしれない。昔のニコニコ動画に浸ってた人はサクサク読めると思う

 

今思うと、教育というのは、自分の中に種を植える/植えてもらうことだったんだな、と思う。

それがどう芽吹くかはわからないけど、いつか何かの形で芽吹く。だから、(特に高校までの)勉強している当の本人は、それが何に繋がるのかわからないし、無意味に感じることもあると思う。

だけど私は言いたい。ロアルド・ダールの「おばけ桃の冒険(James and the Giant Peach)」の映画に出てくる台詞みたいに。

どうして勉強するのか、と子供たちに聞かれたら、こう答えたい。

"Marvelous things will happen; things even you never dreamt of."

(素晴らしいことが起こる、君が夢見たことすらないほどの。)

 

中国語を勉強したことも、中国語と日本語の違いを説明するのに役に立っている。

全てがライティングへと繋がっている感覚。

 

それにしても公立高校のコスパって半端ないですね。私の時代で月12000円ほどだったそうで、それで週5で6限まで授業して、テストも定期的にやってくれて、しかも夏休みや冬休みは受験対策の補修までしてくれる学校でした。職員室に質問に行けば、先生方は何でも答えてくれるし、本当に恵まれた環境でした。

弟の代は高校の学費無償化で授業料がタダだったらしく、なんじゃそりゃ、それもう「コスパ」の「コス」がなくて「パ」だけじゃん、という気持ちになりました。

 

大人になると、勉強にすさまじくお金がかかります。翻訳学校に通うのも、半期で22万円かかりましたし。土曜日2時間授業x2=4時間(英日翻訳と日英翻訳)、毎週宿題が出てびっしり赤ペン先生、そして全員分の回答を各学生に配布し、ディスカッションしながら何が一番良い訳かを探っていく授業でした。

ただ、大人になると自分の金で学ぶので、必死さが違うというのはあります。

 

当然のことですが、高校・大学で学んだことはあくまでベースであって、最新の「常識」はネットで調べたりします

鎌倉時代って1192年からだと習いませんでした?「いい国作ろう鎌倉幕府」だよね?
最近は1185年開始がメインストリームっぽいです。とはいえ1192年を鎌倉時代の始まりとする説も「異論」としては認められているようです。

 

また、海外を旅して、海外の友人たちと接してきた経験が、外国人は日本の何を知っていて何を知らないか、そして何を知りたいのかを推測する材料となっています。

また、ジョジョ鬼滅の刃などを読んできた経験も、生かされそうです。

 

とにかく、今までの人生経験がライターとして全て文章に繋がっています。それはまさに、これまで何も芽が出ていなかった土壌から、ぽぽぽぽぽっ!と芽が恐ろしい勢いで出てきたようなものです。

これらを、枯らさないように、上手く育てるのが下半期に重要になってくると考えています。果たして、その芽は大木になるのか、背の低い植物で花が咲くのか。私だけの庭園を作るような気持ちでいます。

 

無印のインスタントスープの素晴らしさをみんなに伝えたい

外出自粛、テレワーク、もうみんなご飯作るの飽きたんじゃない⁈

私は飽きたよ‼︎

一人だったらすごく適当に済ますのに家族がいたらとりあえず「メシ」としての体裁整えないといけないじゃん。

 

最近は非常事態宣言も解除されたし、家族がみんな家にいて誰かが(特にお母さんが)みんなのためにご飯を作り続けないといけない、という事態はだいぶ改善されたかもしれないけど、それを置いても体調にだって波があるしやる気が出ないこともあるし、スーパーに食材を買いに行く元気すらないこともあるよね。

 

そんなあなたに無印良品のインスタントスープをオススメしたい。スーパーで売ってるインスタントスープとはクオリティが段違い、というか、「家族に出せるちゃんとした食事」として使えるのです。

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爆買いしましたが、

①美味しい。色んな具が使われている。バリエーション豊富

②ボリュームがちょうどいい。多すぎず少なすぎず。手作り味噌汁を食べるのすら胃腸が辛い時でも食べやすい。

③むしろスーパーで売っているインスタントスープは何故あんなにショボいのかと疑問に思い始める(しかし、あれはあれで非常に食欲がない時にはありがたい)

 

おすすめです。お試しあれ。

www.muji.com

現代短歌の持つ力と意義-『サイレンと犀』『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』

みなさんにお聞きします。
詩集にお金を出そうと思ったことはありますか?
それも、現代短歌(国語の教科書で紹介されるちょっと昔のものじゃなくて、本当に【今】のもの)に?
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私が歌集を買おうと思ったのは、この本が初めてでした。
『サイレンと犀』岡野大嗣
どんな短歌が収録されているかは、帯の裏面にいくつか載っていますので、ご覧ください。
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その他、いくつかご紹介します。
「散髪の帰りの道で会う風が風のなかではいちばん好きだ」
(わかる〜〜〜)
Nujabesで耳をふさげば掃きだめの夜もワンオクターブ明るむ」
(おそらくNujabesファンは全員首がもげるほど頷く。個人的にNujabesは夜歩く時にイヤホンで聴くのがベスト)
Nujabes(2010年に亡くなった伝説のDJ、トラックメイカー、音楽プロデューサー)の入門には何がいいのかわからないけどとりあえずこの動画を貼っておきます。アマプラで大量に無料で聴けるので是非ぜひディグってください!!(現代語)
Spotifyはすみませんがよく知らないです。。。インスト、もしくはトラックに英語ラップが載っている曲が多いです。
帯にある、
「もういやだ死にたい そしてほとぼりが冷めたあたりで生き返りたい」
以外でも、背筋にゾクゾクくる歌もあります。
「抜けるほど青い空って絶望と希望を足して2で割った色?」
「ならべるとひどいことばにみえてくる頑張れ笑え負けるな生きろ」
「信じれば夢は叶うという夢を信じ続けた被害者の会」
また、この方が木下龍也さんという歌人とコラボした、『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』。
男子高校生ふたりの7日間をふたりの歌人が短歌で描いた物語。
いや…タイトルまで短歌かよ、最高すぎるだろ。
こちらも裏表紙
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Googleに聞いてもヒット0だったからまだ神にしかバレてない」(岡野大嗣)
いや…お前が神か。という短歌ですね…
明るさを感じるもの、闇を感じるもの、それ以外でも、今を生きる私たちの、自分では言葉にできない様々な感情が、三十一文字(みそひともじ)の形をとって並んでいる。
短歌のイメージというと、
万葉集とか
現代語だと「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」(俵万智)とか
「白鳥は哀しからずや空のあを海の青にも染まず漂よふ」(若山牧水)←旧仮名遣い?とか、だったんですが、
「今」を生きる私たちのリアルな感情を、しかも場合によっては自覚すらしていなかったものを、掬い上げて鮮やかに三十一文字の形で表現する、現代歌人の恐ろしい力を感じさせる2冊です。ぜひ、読んでみてください。

1歳4ヶ月児に見る人間性の定義~ホモ・ファーベルとホモ・ルーデンス~

 
みなさんは高校時代、倫理の授業の一番最初で、昔の偉い人たちが考えた人間の定義を習わなかっただろうか。
 
曰く、
ホモ・サピエンス、考えることに人間の意味を見出す(リンネ)
・ホモ・ファーベル、工作人、道具を使うことに以下略(ベルクソン
ホモ・ルーデンス、遊戯人、遊ぶことに以下略(ホイジンガ
 
1歳4ヶ月児の双子である甥と姪が、諸事情により私の実家に帰省するのに合わせ、私も帰省した(他にも理由はあるが割愛)。叔母である私は彼らの大ファンである。宇宙一可愛い。だが、新型コロナウイルスの影響で会いたくても会えず、弟に奴隷のように「彼らの写真や動画をよこせ」とたかっていた。
 
甥と姪は今、身の回りの全てをおもちゃにし、人類の作り出した「仕掛け」「道具」にハマっている。
引き出しやドアを開けては閉める。ボタンやスイッチを押すのが好き。
彼らはまさしく「ホモ・ファーベル」「ホモ・ルーデンス」の段階に立っている。
これまでそういったことを意識してこなかった幼児が、1歳5ヶ月にして「文明」と衝突しているような印象を受ける。非常に面白い。
どれだけホモ・サピエンスかは不明。ある程度考えてはいるのだろうが、過去や未来の概念があまりなく、とにかく「今」しかないように思われる。「今」バナナが食べたい。「あとで」という言葉は通じないし、おそらく「今」しか生きていない。
数か月前まではおもちゃで遊んであげたし、絵本もよく読んであげたが、今はそういう段階ではないようだ。興味が向かない。人間が作り出したおもちゃなんて要らない。
歩けるようになり、手足を意のままに動かすのが上手くなり、自分の手でこの世界の感触を確かめたいという好奇心に溢れているように見える。
 
彼らは喃語をよく話す。何かを伝えようとしているのだろうが、その言語を大人は理解できない。「パパ」「ママ」「ハイ(返事)」「ワンワン(犬も猫もワンワンと呼ぶ)」などは言えるようだ。確かに、犬と猫の区別は難しいし、犬など犬種による外見の幅が非常に広いので、それら全体を「犬」として認識するのはかなり高度な営みではないかと推測している。
喃語の国際比較をしてみたら面白いと思った。どれだけ母語の干渉を受けるのか。中国語の母語話者となる子供は、声調が既に喃語の中に入り込んでいるのだろうか。
 
彼らはこれまで、言語以前の世界に生きていた。それは私にとって、非常に興味深いものだった。もはや私は、言葉の檻に閉じ込められて、そこから出ることができず、その中からしか世界を見ることができない。
彼らは今度は言語によって世界を「分けて」いく段階に入る。「分かる」ことは「分ける」ことであると、高校の国語の先生が言っていた。おそらく彼らは、あと数か月でペラペラと話し始めるだろう。お盆に再会する予定だが、その頃は一体どのような成長を遂げているのだろうか。
 
おそらく、自分の子供であれば育てるのに精一杯で発達を面白がることなんてできないかもしれない。数か月に一度会える叔母という立場から、彼らの成長の記憶を残しておく。
 
なお、これは私と母の共通見解だが、赤ちゃんと猫は似ている。いたずらをするとか、新しい場所に行けばひととおり点検するとか、人見知りとか、怒られているのは理解しているが懲りずにまたやるとか。猫を飼っていると、何をされても「猫だからしょうがないよね」という、寛容の精神が育まれる。私も母も、甥と姪に対して「幼児からしょうがないよね」と、(本当に危険なことをしようとしたら止めつつ)彼らの行動を寛大な心で受け止めている。いいんだよ、いいんだよ、何をやってもいいんだよ。刃物には触らせないよう気を付けつつ、コンロを使う時は最新の注意を払い、高いところに上れば落ちないように身体でサポートしつつ、可能な限り彼らの好きなようにさせておく。
 
彼らと会うたび、新しい発見がある。乳幼児は、面白い。

妊活の試練(持病のための服薬について)

みなさんがサラッとFacebookに書かれる妊娠報告や出産報告にも、そのひとつひとつの裏には壮絶なドラマがあると思うんですが、自分の場合、持病の治療で思わぬところに引っかかり、激おこぷんぷん丸通り越してカム着火インフェルノォォォォオオウ(爆発)とか激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(神)みたいになっています(※ネタが古い)(インターネット老人会)
長年通った遠方の医院が通いづらいことから、近所の医院に転院したんですが、院長の都合で半永久的に休診(実質閉院だと思う)となり、もはや薬が残り1日しかなかったことから(※ギリギリの日数分しか処方してくれない医者だった)、やむなく近所の別の病院に助けを求めたんです。ですけど。
「今飲んでる薬を全て断薬しない限り妊活は認めないゾ☆その状態で妊娠したかったら別の医者にかかるんだな」(具体的には、最初の医者に戻れ)みたいなことを言われ、いや、いやいや。
いやいやいやいや。
「どの薬飲んでもええかは産婦人科の先生の考えることやから」って産婦人科医師がどんだけ精神医学のこと知っとると思っとんじゃボケェ!!医者なんて専門外のことは何も知らないに等しいんじゃ!!お前が判断せずして誰が判断すんねん!!(怒)
しかもいきなりの断薬は認めないっておっしゃいますやん。かといって減薬のペースも読めないっておっしゃいますやん。どないせえっちゅうねん。
そりゃ、どの薬の添付文書にも「この薬は赤ちゃんに対して絶対に安全です!」なんて書いてません。
「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」と書いてあるだけです。
今日の診察の場でも説明されたけど、んなこたあ百も知ってるんだよこっちは!!(怒)
どの診療科にかかっていようと、持病、特に慢性疾患(=治らない病気)を抱えていて妊娠を希望している/妊娠している女性に対しては、「禁忌」(明らかに胎児の奇形が認められるなど、妊婦に絶対に処方してはいけないもの)は避けるものの、あとは極力減らせるだけ減らす。
それでも多少飲み続けるか、要するに薬の有益性が病気の危険性を上回るかは、お医者さんの判断、そして患者への説明と同意の世界だと、思っているのですが。内科医もそんなこと言ってたよ。
実際、最初の主治医も、次の主治医もそのスタンスでした。最初の主治医は持病に対する学会のガイドラインも全部コピーして渡してくれたし、初乳の際これだけは断薬が必要(あとはミルクで対応)というのも、胎児に母乳を通じて伝わる物質量などのデータを見せながら説明してくれました。
12月頃から薬を一種類断薬しようとしたら2ヶ月間布団から出られず、完全に要介護状態が続き、もはや人の形を保てていませんでした。(図は昔描いた漫画の一部)
現在はその薬は完璧に断つことができていますが、あと2種類飲んでいる薬を断薬するのにどれだけ時間がかかるのか、もはや数年…というか永遠に無理では。私が廃人になるほかない(もうなってるけど、それ以上に)。
とりあえず最初の主治医の医院に電話をかけてみたら、医師が出て「今は薬を飲みながら妊活するのが普通やけどなあ。一度顔を見せにおいで」と言ってくれました。
今関西にいないので、関西に帰ったら行きます。
 
はあ…この世にこれだけ大量に人間が存在していることが奇跡に思えてきたわ…とりあえず甥と姪を愛でよ…
 
 
 
 

宮田珠己 著『旅の理不尽』 『わたしの旅に何をする。』

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さて、ここでクエスチョンです!(世界不思議発見風に)
「このご時世にお金を出してまで買う価値のある旅行記はあると思いますか?」
…ごめん。多分沢山の人に喧嘩売ると思う。
 
私は、沢木耕太郎の「深夜特急」が非常につまらなく感じる。
当時はネットもないし、長期・長距離の海外旅行に出ること自体が「すごかった」んだろう。だからこそ売れたんだろう。だが、話の内容的にあれってすごいか?しかも「すごいことやってるぜ俺」感が鼻についてしょうがないのである。なあ、海外旅行ってそんなもんなのかい?別に自己啓発のために旅に出る人は否定しないけど、本当にそれでいいのかい?
あの本に憧れてバックパッカーになった人が多い事も知ってる。おかげさまで、私も今はバックパックを担いで色んな国を旅している。先人たちが積み上げてきた経験、ノウハウ、全て頭に入れた上で旅に出ることができる。
今はインターネットを開けばユーラシア大陸横断、世界一周旅行してる人なんてザラにいる。本当に珍しくない。そりゃ、お金もかかるし、仕事だってどーすんだよって感じだけど、特に社会人になってから、汗水流して稼いだ金を使って、色んなものを犠牲にして、旅をしている人は肝の座り方が違う。
自分自身の能力(地理の先生だったとか美容師だとか)を活かしたり、ひたすら自転車を走らせたりして独自の文章を書きブログにしている。年齢だってバラバラだ。インドを旅しまくるアラフォー女子もいる。
しかも、文才に溢れる人が多い。
彼らのブログを読んで得られるのは、「今の世界の」「生の」感想だ。ニュースでは伝わってこない、現地の人との触れ合いだ。しかもブロガーは良いカメラを持っていることが多い。美麗な写真とともに、世界の「今」を彼らの視点から見ることができる。
こんな素晴らしいものが無料で読めるのに、わざわざお金を出して旅行記を買いますか?
昔の旅行にありがちな、「長期の海外旅行に出る俺カッケー」みたいな、ウザい自意識を感じる事もない。
っていうか、今の時代ですら、そういう自意識を持っている奴らには糞食らえと思っている。
いいかい?外国っていうのは、あくまでそこに住む人たちが主人公なんだ。私たち観光客は、ある意味それを「見せ物」として、楽しませていただいているだけなんだ。OK??
日本人だからって舐められて物を盗まれたり身体を触られたり騙されそうになったら怒るべきだけどね。
ちょっと話が逸れるけど、台北のホテルで、日本語の話せる従業員に対してタメ口で偉そうに話す日本人のおっちゃんを見た時は「日本の恥だ!!国へ帰れ!!」と内心ブチ切れていた。
前置きが長くなった。
そんな中で、宮田珠己旅行記は、きちんとお金を払って読ませてください!という面白い本である。個人的には国内旅行モノより、初期の海外旅行モノをオススメする。
『旅の理不尽』は元々は1995年の本を文庫化したもので、『わたしの旅に何をする。』は第一刷が平成19年(2002年)だ。
だから、書かれている国々の時代としてはちょっと古い。
まあ、国なんて数年もあればガラリと変わってしまうので、その点注意して読めばオールオッケーである。何年経とうと変わらない、海外旅行に対する醍醐味だったり、「海外旅行あるある」がそこにはある。
宮田珠己の文才は、文才という陳腐な言葉に当てはめていいのかがわからない。ユーモアに溢れているというか、「なんかよくわかんないけど笑えちゃう」のである。
『わたしの旅に何をする』の冒頭を引用したい。
「私はついこの間までサラリーマンであったら、ええぃ会社なんか今すぐ辞めてやる、そうだ、今すぐにだ、という強い信念を十年近く持ち続けた意志の堅さが自慢である。
 サラリーマン時代の私は、年三回の大型連休には必ず有給をくっつけてぐいぐい引き延ばし、いつも海外旅行にばかり出掛けては、上司に『たいした根性だ』とスポーツマンのようによく褒められた。幸運にも私の上司はできた人で、私がいくら休もうが黙って旅行に行かせてくれた。帰ってきてお土産を渡しても廊下で挨拶してもまだ黙っていたほどだ。」
まあこんな感じで、私は何回も笑わせてもらいました。何よりも、海外を旅行する時の気持ち、トラブルに遭遇した時の苛立ち、「それでええんかーい!!」とツッコミたくなる気持ちがよく描かれていて、海外旅行好きとしてはニヤニヤしながら読めてしまう。ちなみに、冒頭の文章でピンと来ない方は多分相性が悪いのでこんな私の投稿を読むのはやめてYouTubeでも見ててください。
あの、ちょっと長くなるけど、私の大好きなブロガーさん(ユーラシア大陸横断して今はタイで働いている人)の記事を引用するよ。
タマにはちょっと『旅』の事を - 南の方からノラヒツジ
「ここでちょっと自分語りになってしまうのですが
僕が始めて海外放浪したのが19歳の時
年号にして2001年の初めだったのですが
この時は良い意味でも悪い意味でも
海外一人旅に来るような若者は
自分も含めて
阿呆
が大半だったのです
簡単に言うと
聞いたことが無い大学の8年生だったり
本当の意味で海外逃亡しているような連中だったり
僕のような勘違い君が大半を占めていて
本当にどうしようもない
ダメだけと愉快な人たちが多かったのです
んで時は流れて前回の旅
出会う若者さんの
ちゃんとしている事ちゃんとしている事
いや彼らが悪いとは思いません
むしろ打てば響く様なクレバーで
しかも年長者を立ててるような
本当に良くできた子たちばっかりでした
もっと単純に言いましょう
個人旅行に来ている学生さんの
ほぼ大半は
マーチ(MARCH)以上の学生さん
もしくは自分の目標をちゃんと持っている子達
僕はこれはまずいと思いました
僕の中では『旅』というのは
マージャンで言うところの『役牌』に近いもので
役を持っていないようなダメダメちゃんでも
どうにか自分に自信だったり何か別のものだったりを
ほぼリスクなしに得られる場所だと思っていたのです
ですが彼らを見ると
もうすでに『役』をもっていて
さらに『ドラ』を拾いに来ている感じがしてしまったのです
なぜこんな形になったのか?
それはやはり9.11が大きくて
あの衝撃的な映像だったり
時のクソ首相が
『それは自己責任で』と
危険な場所に行ったやつが馬鹿であり
国は守らないよと宣言しちゃったのが大きかったのかなあと思ってます
あんなもん
思春期みせられたらどうやったて
海外怖いと刷り込まれます
んでその刷り込みに大して
『いや俺はそれでも海外に行きたいんだ!!!』と熱意を持つか
『調べてみたけどそんなに危ない事もないっぽい』と判断が出来る子
そんな子達しか海外に出て来なく成ってしまった
と僕はそう感じたのです
でも僕は思うのです
そういう子は別に海外に来なくても
日本でもそれなりにやっていけるんじゃないかと
そして僕は思うのです
本当はもっと来るべき子達がいるのではないかなと
そんな訳で僕は若者さんに声を大にして言いたい
旅になんぞに目的意識や自己啓発の必要性は無い!!!
ただただ楽しくて良い経験になるから何も無いなら今すぐ行け!!!
目標とかエコとかロハスとか自然と一体とかは後付けでいいじゃないか!!
実際僕が始めて行った時代に比べて
ネットのおかげで格段に旅は楽になっているのです
ちょっとググるだけで
その国の情報が手に入り
簡単に宿の予約すら出来てしまうこのご時勢
だから皆
一度で良いから行こうぜ海外
皆が思うほどには
世界には悪意が満ちていないよ
阿呆この上ない旅をしていた僕に対して
色々と教えてくれた旅の先輩に
超感謝してお礼言っていたら
彼はこんなことを言っていました
『君が感謝してるのなら、その気持ちで色々と後輩に教えてあげな
僕らもそうやって教えてもらったんだよ』
別に旅の技術の継承性とかの話ではないですが
その一翼を担えるならば
それはとても嬉しいことなのです
そしてその分母である
旅人若者が増えていって
楽しい事を教えた
僕がモテモテになる未来が来ればいいなあと
心底思ってるのですよ
そんな訳でこの夏は皆
旅に行くと良いと思います
ああひと夏の思い出が
とてもとてもほしいなあ
とっぴんぱらりのぷ
でもね本当に
旅なんて大したもんじゃないけど
大したものなので
皆行くと楽しいと思いますよ」