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日々

ハン・ガン『菜食主義者』(表題作)ー家族が精神的問題を抱えたら

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※この文章はネタバレを含みます…というかネタバレしかしていないのでよろしくな!(ビシッ

アジア人で初めてマン・ブッカー賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』。短編が3本入っていて、表題作を読んだ。私はハン・ガンの『ギリシャ語の時間』が非常に好きで、現在気になっている韓国の作家のひとりだ。

悪夢によって肉が食べられなくなり、ヴィーガンとなるが周囲とコミュニケーションが取れない女性と、その家族の物語。彼女は昔から、ブラジャーもつけない(理由は後半で明かされる)。彼女は肉や魚を食べなくなるだけではなく、まともに眠らず、悪夢ばかり見る。その彼女を夫の視点から描いた作品だ。

長時間労働に追われ、妻は家事担当としてしか見ておらず、パートナーとして向き合おうとしない夫と、強制的に暴力も使って言うことをきかせようとする両親。女性の実家が集まった時、みんなが彼女の好物だった肉料理を用意して、食べなよ、と勧める。しまいには、父親が彼女を殴ってまで肉を食べさせようとする。そして彼女はナイフで自分の腕を傷つけ、病院に運ばれる。

読んでいて、家族の方に怒りが向いた。これは韓国の一般的な家庭なのか、それとも別に標準じゃないのだろうか。夫は家事を全て妻に任せているし、結婚の意義をそこに見出しているようだから、(日本で言うところの)非常に「古い」男なのだ。

ヴィーガンになることは別に病気じゃない。だが、まともに睡眠がとれず、悪夢ばかり見たり、冬なのに暑さを感じるのは、どう考えてもお医者さんに行った方がいい状況だ。もし夫が少しでも料理ができる人だったら、共にメニューを考えることだってできるだろう。この人は料理ができないのだろうか。

本人が上手く自分の気持ちの変化を口にしてくれなくても(できなくても)、周囲は耳を傾けるよう努め、理解を試み、寄り添うようにしないといけない。一般的に、精神的な問題を抱えた人に対してはそうだ。 もちろん、そうでない家族は日本にもごまんといる。お母さんだけが精神的な問題を抱えた不登校の娘の味方で、お父さんは娘を異常者扱いするとか、よく聞く話だ。

夫婦間で、肉食の夫の体臭が気になるから「あなたには触れたくない」と妻に言われたら、もう別居か、離婚するしかない。昔、お坊さんの書いた本で、菜食にすると体臭が薄くなるという話を読んだ。また、フランスの有名な調香師(香水を作る人)ジャック・キャバリエ曰く、「日本人の肌は魚の匂いがする」らしい。どうやら食生活が体臭に影響するのは不思議なことではないようだ。肉食・菜食などのスタイルは他人に強制するべきものではないから、夫が肉食を続けるかは夫の自由だ。それで肉食から生じる体臭を生理的に受け付けないと言われたら、もはや一緒にはいられない。

繰り返すけどヴィーガンは病気じゃない。でも、深い悩みを抱え、不眠と悪夢に苦しむ彼女に対して周囲の対応が不適切すぎる。
そしてそれは隣の国の他人事じゃない。夫が長時間労働で家事を一切やらず、妻に向き合わない家庭。暴力で子供を支配しようとする父親は韓国に多いのだろうか。日本はどうだろうか。娘の身体を気遣って、嘘までついて肉を摂取させようとする母親。これはあるあるな気がする(特にばーちゃん世代に)。

2002年から2005年に書かれて発表された作品かあ。その当時ヴィーガンはどんな扱いを受けてたのかな。
自分自身の学びとしては、これまで(宗教的理由によらない)ヴィーガンの人に多少偏見を持っていたが、こういう経緯でなる人もいるのか、と分かったことだった。
ヴィーガンの外国人が日本に来た時、外食を含めて案内をするのはほぼ不可能だ。たとえ肉や魚を避けようと、鰹出汁からは逃れられない。ヴィーガン向けのレストランを自分で調べてきてもらうとか、こちら(ホスト)があらかじめ全部調べる以外に方法がない。もしくは手料理で、お弁当も作って、外でも肉や魚、乳製品を避けた食事ができるようにしなければならない。もしかしたら、韓国も同じような―外食で肉や魚を避けられないという意味で―食文化なのかもしれない。

韓国の文学は、何冊も読んでるけど他人事とは思えないことが多い。こんなの隣の国の出来事だ、自分とは無関係なんて思えない。社会が似ているのだろうか。何かと政治的対立、あるいはK-POPなどのカルチャーばかりで語られがちな韓国という国を、人々の暮らしや社会という観点で見ることができる「窓」が韓国文学だ。私はそこに魅力を感じている。