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日々

『河童』

芥川龍之介の小説に、『河童』というものがある。
その中で、河童は出産の際に、お腹の子供に「この世に生まれてきたいか」を聞き、答えが「いいえ」だったらその子供は消滅する、という話がある。

【以下、引用】
お産をするとなると、父親は電話でもかけるやうに母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生れて来るかどうか、よく考へた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。
(中略)

「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じてゐますから。」

(中略)

そこにゐ合せた産婆は忽ち細君の生殖器へ太い硝子の管を突きこみ、何か液体を注射しました。すると細君はほつとしたやうに太い息を洩らしました。同時に又今まで大きかつた腹は水素瓦斯を抜いた風船のやうにへたへたと縮んでしまひました。

【引用終了】

この話を高校生の時に読んだ時、私は当時から死にたがりだったため、「何と上手くできたシステムだろう、私も嫌だと答えて生まれる前に消えてしまいたかった」と思った。

しかし、妊娠後期の今となっては「ふざけるな。それまでの母親の10ヶ月を返せ。」と思う。というか、もし私が腹の赤子に言われたら泣く。

悪阻に苦しみ、抗い難い眠気に苛まれ、ホルモンの変動が激しいために精神的にも不安定になり、胎動が始まれば寝付けなくなり、睡眠も浅くなり中途覚醒に悩まされる。
お腹が大きくなってくると背骨が子宮に圧迫され腰痛に苦しみ、大腸が圧迫され便秘になり、膀胱が圧迫され頻尿になる…というか尿意がよくわからなくなる。

妊婦は赤ちゃんの分を含めて通常の1.3〜1.5倍もの血液を回しているので、常に喉が渇いているし、立ちくらみもするし、少し歩くだけでいとも簡単に息切れしてしまう。

河童の妊娠期間がどれほどのものかわからないし、確かに子供は親の意志で、エゴで、望まれてーそうでない場合もあるのは知っているが、子供は望まれて生まれてきて欲しいー「生まれさせられる」のだが(だからきっと英語で「生まれる」はbe bornと受動態なのだ)、母親もそれなりに苦労している。よく「お腹を痛めて産んだ子」という表現があるが、あれは多分、お産の時だけを指してはいない。

そんな『河童』のエピソードを、芥川龍之介を大学院で研究している留学生とお会いして思い出した。
確かに持病の遺伝などは不安だが、そこは親も子供もコントロール外であるし、親がせいぜいできることは、「あー生まれてきて良かった!」と子供が思える様に努めながら育てることぐらいだ。楽しい思い出、一緒に沢山作りたいね。