10:44 AM

日々

娘、可愛い。

入院中、夫や義母が送ってくれた娘の写真や動画を延々と見続けている。

娘は可愛い。親バカだと思うが可愛い。肌はすべすべ。ほっぺも腕も脚もぷにぷにしている。笑った顔が可愛い。喃語が可愛い。娘はよくおしゃべりする。そして無垢。天使である。


夫とのビデオ通話で娘の顔を見ても可愛いと思う。私を母親と認識してくれているのかはわからないが、にっこり笑ってくれる。データ通信量を気にしないのならいつまでも通話していたい。


どうしてこんなに可愛い子が私の元にやってきてくれたのかと思う。それと同時に、何故こんなに可愛いのに子育てが辛かったのか、疑問に思う。わかっている。今は離れているから、安全圏にいて無責任に可愛い可愛いと言えるだけだ。自分に責任がなければ、赤ちゃん含め小さい子はみな可愛い。

実際に子育てに当たれば、朝は何時だろうと彼女が起きた時間に自分も起きなければならないし、離乳食だってミルクだって用意しなければならないし、オムツだって替えなければならない。そして一緒に遊んでやらなければならない。その間に大人のご飯の調理や掃除などの家事もしなくてはいけないし(ほとんどやっていなかったけど)、常に安全には気を配らなければならないし、娘が体調を崩そうものなら小児科に連れて行かねばならない。全部当たり前のことだが、私には全て相手のペースに合わせるのが辛かった。常に気を張っていた。可愛いのは頭ではわかっていても、心落ち着く暇がなく余裕がないため「大変だ」という気持ちが先に来てしまう。他のお母さんは上手く息抜きできているのだろうか。私は娘が昼寝している間もずっと緊張していた。


産むにあたり、子供を育てる覚悟が足りなかったのか?と言われると、それも違う気がする。上記のことは全て当たり前だと思っていたし、やるつもりでいた。みんなやっているのだから自分もできるんじゃないか、と思っていた。知らんけど。

 

帰省から1ヶ月、入院して1週間半経った今は落ち着きを取り戻し、出産前の精神状態に戻れている。ここ数日睡眠のリズムが乱れがちだが。しかし、いざ子育てに戻り娘と再び対峙してみて、また以前のように落ち込まない自信は全くない。

せっかく入院しているので、減薬を進めると同時に考え方の癖だとか、心の持ちようとかを医師と共に見直し(専門家がいると客観視しやすい)、次は余裕を持って娘と向き合えるようになりたい。