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普通の会社員だったはずが持病のせいでレールを外れた人生を送ってるけどそれはそれで楽しいブログ

初めて友人の結婚式で泣いた話

中学・高校の同級生の結婚式に出席してきた。

 

私は、これまで結婚式で泣いたことがなかった。友人の結婚式で、参列者の他の友人たちがグスグス言っているのがよくわからなかった。だって、自分の友達がパートナーを見つけて幸せになるんじゃない。なんで泣くの。

 

弟の結婚式でも泣かなかった。弟が選んだ人が新しい家族となることを喜び、相手方の親族もみんな楽しい人たちそうだから安心したし、また、肝の座ったお嫁さんが時折心が弱りがちな弟を今後支えてくれるのではないかと勝手に期待した。(※これは女が男を支えるべきなどという意味ではなく、対等なパートナーとして、である)

 

ところが、今日、式で花嫁が入場した途端に、涙がボロボロ出てきてしまったのである。You raise me upの曲も涙腺を加速させた。

彼女と過ごした、雰囲気が悪く、鬱屈として抑圧されていた中学時代。秩序はなく荒れがちで、先生方は生徒指導の名のもとにエラソーなことばかり言い、そんな中で自分を保つことが難しかった。そして私は、彼女がいじめを受けていたらしいことを風の噂で聞いていた。3年生の時に同じクラスになり、大変アクの強い独特な担任に当たったが、その頃クラスで仲の良いメンバーが出来上がって、何かあっても支え合っていた。面倒で他の生徒たちがサボりがちな掃除も、教室の端から端まで誰が一番早く雑巾掛けをできるか競争するなどして、楽しんでいた。

同じ高校に進学したが、同じクラスになることはなかったものの、中学時代の同級生とたまに集まり、楽しくお喋りしていた。学校内での関わりは少なかったが、高校での先生方の授業、大学受験に向けたプレッシャー、選ぶ進路によって将来が大きく変わる不安、その中でも全力を傾けた体育祭など、同じ空気の中で息をしていた。

大学に入っても、帰省の時期のたびに中学の同級生で集まった。

 

苦楽を共にしたと言ったら言い過ぎかもしれない。むしろ苦しい時期の方が長かったかもしれないし、いつもべったり近くにいた訳でもない。しかし、彼女が式場に入場した途端、これまでの出来事が走馬灯のように流れ、中でも息苦しくて仕方がなかった中学校の廊下などが思い出された。ああ、あんなに辛いことを経験してきて、その後も一生懸命働いて、運命の人を見つけて、今彼女はここに立っているのか。この美しいウェディングドレスを着て。

彼女の両親を知っていることも涙腺を更に刺激した。お母さんはいつも家に上がると明るく迎えてくれたし、お父さんはシャイながらも娘を溺愛しているのが見え見えだった。お母さんがベールを下ろす姿、お父さんが花婿のもとへ彼女を連れて行く姿に泣けた。

人前結婚式だったのも彼女らしくて良いと思った。旦那さんは良い人そうだった。

入場から、参列者による結婚の承認の拍手まで、気がつけばずっとボロボロ泣いていた。

 

もしかしたら、結婚する人のこれまでの苦しみを知っていればいるほど、泣けてしまうのかもしれない。

 

参列した中学時代の同級生はみな私を温かく迎え入れてくれた。全員結婚していて、子供を既に産んでいたり、妊娠中だったりした。私も自分の妊活の悩みを話すことができた。こんな話を堂々とできる場所なんて、普通無い。

彼女たちは、妊活、妊娠、出産、その間の体重・体型変化、子育ての大変さなど、全て笑い話にしていた。悲壮感は一切無かった。もしかしたら個々人では苦しんだりもしたのだろうが、このメンバーで集まったら、もはや何もかもネタにして笑うしかないのだ。現在妊活中で、妊娠・出産・子育てに対しガチガチに不安になっている私にとって彼女たちは眩しかったし、また救いでもあった。これは多分、同い年ぐらいの同性グループでないとできない体験だと思う。

 

いつもは茶番と捉えがち(ごめんなさい)な、花嫁から家族への手紙も、彼女の両親や姉妹を知っているだけに泣けてしまった。

 

披露宴はリア充アピールの一切ない、2人の素朴な人柄が伝わってくるものだった。部活で頑張ったとか頭が良かったとか旅行しまくったとかそんなアピールはない。ただ、2人の人柄がものすごく良いことだけは、ゲストからの話でバシバシ伝わってきた。こんな披露宴があり得るんだ、と驚きを隠せなかった。

 

本当に呼んでもらって嬉しい結婚式だった。

とりあえず、お開き後のゲストお見送りの際、友達と一緒に新郎に対して「花嫁を泣かせたらしばきますよ」と冗談で言ってみた。まあでも、本当に友人を旦那さんが泣かすことがあったら、私たち中学の同級生は結集してしばきに行くと思う。しゃつけんぞ!!(※新潟弁で殴るぞの意味)