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10:44 AM

しがない会社員・いれーんの日記。旅好き、猫好き。

人に教えるということ

「人に教える」のはとても勉強になる。自分がわかっていないと教えられないし、さらに「自分ができる」と「相手の改善すべきところがわかる」と「それを修正するには何を言ったら/やったらいいかがわかる」のは別。

人に教えることで、自分の課題も見えてくる。

 

これは大学の合唱サークルで学んだこと。

 

「自分は正しいあり方がわからないから人に教えられない」と言って、教えるのを放棄するのは傲慢かもしれない。人に教えられる人間になろうとするから成長できる。

 

 

変わって、仕事のことについても考えてみる。

仕事なんて、「何もかも全部知っていてわかっている」状態はありえないと思うんだけど、「わからない時、誰に聞けばいいか、誰にヘルプを乞えばいいか」まではわかっていなければと思う。そしてそれを後輩にも伝える。

 

私は、仕事で後輩を指導するときは、自分なりのやり方・解を持った上で相手に仕事を振り、もしわからなければヒントを与えていく…みたいなやり方をする。

しかし、自分なりの解を持たぬまま(そう見えるだけ?)後輩に仕事を丸投げする人もいる。その後のフォローもなし。突き放した方が成長するのだろうか。私にはよくわからない。

 

例えば仕事で後輩の教育担当になって、その人が失敗した時、なんとかカバーして解決するだけの責任を持てるか?これは常に考えるべき課題のような気がする。というか、私は新人時代幸運にもそういう先輩のもとで学べたので、自由に、安心感を持って仕事にあたれた。

 

自分の性格上、私は根気よく丁寧に教えるのが似合う気がしている。後輩に自由に仕事をさせながらも、片目でウォッチして、マズい状況になったら気がつくようにするとか。突き放すのは私にはしんどい、というか何が起こるかわからなくて怖い。たとえ責任が後輩にだけ降りかかってくるのだとしても。(実際は責任は管理職にも降りかかってくる。これがわたしが管理職を尊敬する一つの理由。)

 

しかしこんな指導の仕方は、自他の区別がきちんとついていないとも言う。私は人のミスも、自分に非がなかったか考え込んでしまう方だ。気づいてフォローを入れなかった自分も悪かったかな、とか。自責的な方向に思考が行ってしまうことが多い。

 

私はまだ新人の教育担当になったことがない。

しかし、色々悩みながら、「自分なりの人への教え方」を模索していけたらと思う。